心臓血管外科

対象となる疾患と治療

虚血性心疾患

虚血性心疾患とは?

狭心症、心筋梗塞を総称として虚血性心疾患と呼びます。
心臓が動き続けるためには自らの心臓の筋肉自体に酸素や栄養素を送らなければなりません。そのために心臓には冠動脈と呼ばれる動脈が走行しています。冠動脈は大きく分けて3本あり,右冠動脈,左前下行枝,左回旋枝と呼ばれています。また左前下行枝と左回旋枝に分かれる前の冠動脈は左主幹部と呼ばれています。
これらの冠動脈が狭くなり,十分な酸素や栄養が心筋に行き渡らなくなり、胸痛発作を引き起こす病気が狭心症です。完全につまってしまうと心臓の筋肉が死んでしまい心筋梗塞となります。狭心症や心筋梗塞をそのまま放置すると生命に関わります。

冠動脈バイパス術とは?

狭心症状を改善し、心筋梗塞を予防するための治療法のひとつに冠動脈バイパス手術がおこなわれます。これによって症状および生命予後の改善が期待されます。
冠動脈バイパス術は、狭くなった冠動脈病変を迂回するように新しい血液の「通り道」(バイパス)をつくる手術です。新たな通り道をつくる材料をグラフトといいます。バイパスグラフトには動脈グラフトと静脈グラフトがあります。
動脈グラフトには、内胸動脈(胸壁内側を走行する左右2本の動脈)や橈骨動脈(腕の動脈)や胃体網動脈(胃周囲の動脈)があります。静脈グラフトには大伏在静脈(足のふとももあるいはすねの静脈)があります。当科では、積極的に動脈グラフトを使用しています。静脈グラフトは動脈グラフトと比較して、遠隔期開存率で劣るとされていますが、静脈血管周囲組織を静脈グラフト同時に採取する(No-touch technique)ことで、血管内皮障害を回避し、動脈グラフトと同等の遠隔期開存率が報告されており、当科では積極的にNo-touch technique による大伏在静脈グラフトを積極的に使用しています。これらの血管を採取しても体に大きな影響を及ぼすことはありません。

オフポンプ手術とは?

手術法では人工心肺装置を用いて心臓を停止させて、バイパス手術を行う方法が従来おこなわれてきましたが、現在は人工心肺装置を用いず、心臓を動かしたまま、バイパス手術を行うことが可能です(オフポンプ冠動脈バイバス術)。この手術法では、人工心肺に関連する合併症(脳梗塞)を回避することができます。
当科では約8割をオフポンプで行なっています。しかし、循環動態が不安定な患者さまや弁膜症を合併している患者さまなどでは、人工心肺の補助を必要とすることがありますので、患者さまの状態により、適宜使い分けをしています。

心臓弁膜症

心臓弁膜症とは?

心臓は右心房、右心室、左心房、左心室の4つの部屋に分かれており、心臓の部屋と部屋の間には、4つの「弁」というしきりがあります。右心房と右心室の間に「三尖弁」、右心室と肺動脈の間に「肺動脈弁」、左心房と左心室の間に「僧帽弁」、左心室と大動脈の間に「大動脈弁」があり、これらの弁が心臓の収縮・拡張と連動して開閉することにより、血液の逆流を防ぎ、心臓が絶えず血液を一定方向に駆出できるような構造になっています。しかし、これらの弁が何らかの原因で、弁の開きが悪く、血液の通過障害がおきたり(狭窄症)、また、弁の閉まりが悪く、血液が逆流したり(閉鎖不全症)することがあり、これらを「心臓弁膜症」と呼びます。狭窄症や閉鎖不全症を放置すると、心臓に負担がかかり心機能が低下するばかりでなく、息切れや胸の苦しさ、浮腫みといった心不全症状や不整脈が出現し、さらには肺や肝臓、腎臓などの全身の臓器にも負担がかかり、進行すれば全身状態の悪化を招きます。

心臓弁膜症の治療法とは?

心臓弁膜症の手術には、自己の弁を温存して修復する「弁形成術」と、人工弁に交換する方法「弁置換術」があります。弁形成術では、自己組織を温存できるため、術後の抗凝固療薬(ワーファリン)の内服を回避することができます。弁置換術で使用する人工弁には、機械弁と生体弁があります。

人工弁とは?

機械弁の特徴は、パイロライト・カーボンという材料でできた半月状の二枚の弁葉の板が蝶の羽のように開閉する構造をしており、耐久性に優れているが,ワーファリンを一生飲まないといけないことにあります。手術後,胸に耳をあてると機械弁が閉じるときにカチカチと音が聞こえてきます。血栓や細菌感染がなければ、耐久年数は30年以上と言われています。機械弁は人工物ですから、心臓の中に入れると血栓ができるので、毎日生涯に渡ってワーファリンを内服して血液の凝固機能を抑える必要があります。そのため、ワーファリンの効果を阻害するビタミンKを大量に含む納豆、青汁、クロレラなどの特定の食品は食べることができなくなります。また、ワーファリンは胎児に奇形を起こすリスクがあるため、妊娠を希望される女性には原則使用できません。また血液の病気などで出血しやすい人にも使いにくい薬なので、これらのことを考慮した上で機械弁を選択しなければなりません。一方、生体弁は、拒絶反応など起こしにくいように人工的に処理したブタの弁やウシの心臓の膜から作られており、機械弁より耐久性は劣るが,抗血栓性に優れ、ワーファリンは3-6か月の内服で済む特徴があります。耐久性は、約15年前後で弁が劣化し,再び弁置換手術を行わなければならない可能性があります。生体弁は年齢が若いほど劣化するのが早く、逆に高齢者では劣化しにくいといわれています。これらの長所・短所を踏まえて、患者様の年齢や合併疾患、生活スタイルに応じて手術前に十分に患者様と話し合って、最善の選択を行なっています。

胸部大動脈瘤
大動脈解離

心臓から全身に血液を送る役割をしているのが、大動脈です。大動脈は心臓からでるとまず、頭側(上)に向かい(上行大動脈)、首のつけねのあたりで弓のように曲がり(弓部大動脈)心臓の背中側を通り尾側(下)へ向かいます。弓部大動脈では、脳や腕に行く血管が3本枝分かれします(弓部3分枝)。横隔膜までを下行大動脈、横隔膜から下を腹部大動脈と呼びます。上行大動脈から下行大動脈までを胸部大動脈とよびます。主に手術対象となる疾患は大動脈瘤と大動脈解離です。


動脈瘤とは?

正常な状態よりも膨らんだ状態となる病気を『動脈瘤』と呼びます。瘤とは、こぶのように膨らんでいる状態を意味します。
この動脈瘤という病気は、動脈と呼ばれる部分すべてに生じる可能性があり、動脈が存在する部分で名称が異なります。困ったことに、動脈瘤自体の存在では、自覚症状はほとんどありません。しかし、もともと膨らんでいない動脈が、風船のように膨らみはじめ、無症状のまま年月が経ち、膨らみきれなくなった時に突然、動脈瘤の薄くなった血管壁が破綻します。これを動脈瘤の『破裂』と呼びます。動脈瘤が破裂した場合の救命率は非常に低いため、動脈瘤に対する治療方針は、破裂前に行うことが重要とされています。

治療法は?

大動脈瘤の場所や血管の状態、全身状態により治療法が異なります。

人工血管置換術

病変部位を人工血管で置換します。置換する部位により、弓部3分枝、冠動脈、大動脈弁、前脊髄動脈の再建など複合手術が必要になることがあります。
ご自身の心臓や肺の代わりをし、全身への血流を維持するための人工心肺装置が必要となることがあります。ステントグラフトを併用した手術を行うことがあります。

ステントグラフト挿入術

動脈瘤のある血管の内側に人工血管に自己拡張するステント(バネ)を組合せたステントグラフトを留置して瘤の破裂を塞ぐ方法です。
6~8mmに折りたたんだステントグラフトを足の付け根の動脈から目的の血管まですすめ、開きます。わずか数センチの切開で治療が可能です。ステントグラフト治療の最大のメリットは低侵襲(身体への負担が少ない)ですが、ステントグラフト治療は万能ではないため、動脈瘤の場所や血管解剖、その他の合併症から行うことができない場合があります。また、瘤を切除するわけではないので、将来の再発や追加治療が必要な場合があります。


大動脈解離とは?

大動脈壁は3層構造(内側から内膜、中膜、外膜)をしています。内膜、中膜までに亀裂が生じ、外膜と中膜の間に血液が流入し、血管壁が裂けていく病気です。上行大動脈に解離が及んだ状態をA型大動脈解離といい、上行大動脈に解離が及んでいない解離をB型大動脈解離と分類されています。
突然に発症し、激しい胸背部痛を伴うことが多いです。裂けた血管から血液が漏出し、心臓周囲の空間に貯留すると心臓を圧迫してショック状態になります(心タンポナーデ)。また、臓器血流障害もおおきな問題となります。大動脈からは様々な枝が分岐しており、解離によりその分枝が閉塞すると分枝が栄養していた臓器に十分な血流が届かず、臓器障害をきたします。冠動脈が閉塞すると心筋梗塞、頸動脈が閉塞すると脳梗塞、腹部分枝が閉塞すると肝臓、腎臓、腸管などに障害をきたします。

治療法は?

A型急性大動脈解離は急性期死亡率が高い疾患です。発症後の致死率は,1時間あたり1~2%上昇すると報告されており,発症から速やかに治療開始することが必要で、原則緊急手術となります。
当院では断層撮影ができるhybrid手術室を有するため、大動脈疾患の治療に関しては、外科的治療と血管内治療(主にステントグラフト)を組み合わせた手術が施行可能です。臓器血流障害のないB型大動脈解離は安静、降圧(血圧を下げる)治療の適応となります。

末梢血管疾患

閉塞性動脈硬化症とは?

足へ向かう動脈が、動脈硬化の影響で狭くなり、歩くと、足が疲れて、しばらく休むとまた歩けるといった間歇性跛行の症状を呈します。閉塞性動脈硬化症は、全身の血管が狭くなる病気であり、様々な合併症を有する患者様が多いです。例えば、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞や腎臓病、糖尿病などが挙げられます。

治療法は?

一般的には、内科的治療(投薬による薬物療法や運動療法)が初期治療となりますが、跛行症状が強い場合や、下肢の安静時疼痛、皮膚の壊死などを認めた場合は、外科的治療が必要となります。外科的治療とは、人工血管や自己の静脈を用いたバイパス手術、場合によってはカテーテル治療を組み合わせて施行します。下肢への血流改善により、症状の緩和・今後の足の壊疽に対する予防などが可能となります。

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